戦争出前噺

玄骨トークライブ(2008年11月7日)
本多立太郎さん「戦争出前噺」に参加して 
    

「私は私が体験した事実だけを話します。その事実をそっと皆様の前に差し出すだけです。それをどうとらえるかは皆様の自由です。」そう語りだされる、本多さんのお話は、戦争に対する怒り、憎しみだけでなく、潔さと、未来への希望を感じさせるものでした。
戦争による別れ。切り裂かれる日常。無数の死。血まみれになって息絶える仲間たち。そして、戦場の狂気。戦地を離れれば、みんな普通の暮らしを営む人たち。それが、戦場では人を殺す人間につくり変えられる。それが戦争の怖さ。本多さん自身も、無抵抗の捕虜を上司の命令で殺した経験を持つ。殺していなければ自分が殺される。それが戦争。その捕虜の最期の顔は、60年たった今でも夢に出てくると。
そんなお話を聞かせていただいて、確かに60年前に戦争は終わった。でも、戦争を体験された人たちにとって、戦争は本当に終わったといえるのだろうかと考えさせられた。傷つけられた人も傷つけた人にとっても。語られる場合も語られない人の中でも。本多さんのように不本意であれ、誰かを傷つけ殺めた体験は死ぬまでその人を苦しめるだろう。そして、戦争により傷つけられた身体や心は死ぬまでその人のものでありつづける。戦争が終わっても、悲しみ、苦しみ、体験、目にした光景それらは決してなくならないだろう。
本多さんのお噺は、その時代の断片であるかもしれないが、まぎれもない事実。それゆえに語られる内容は重く、深い。本当に、口にしたくないだろう、思い出したくないだろう、そんな体験をよくぞ私たちの前に差し出してくださったという思いでいっぱいになる。戦争で死んだ人のことを英雄だとか、みんな「天皇万歳」と言って喜んで死んでいったとか、そんな風に戦争が語られることがある。だけど、本多さんは、多くの仲間は最期、「・・かあちゃん、助けて、かあちゃんかあちゃん・・」と言っていたと。誰も死にたくなんかなかったんだ。その人たちはみんな、私たちと同じように、誰かを愛し誰かに愛されながら、ご飯を食べて、仕事をして普通に暮らすかけがえのない一人の人なんだ。
世界中から戦争をなくすこと。それは、今そして未来の命を守ることであるとともに、過去あった、体験された方の中に今も息づいている戦争を本当の意味で終わらせることでもあると思う。その想いが、本多さんの「世界中が日本国憲法9条を持てば戦争はなくなる。」と、来年6月パリを振り出しに世界を回る「9条手渡し運動」につながっているのだろう。
「9条手渡し運動は表向きで、本当の目的は、パリジェンヌとデートすること。」と笑顔で語られる本多さんは、94歳とは思えないほどお若い。それは、未来の希望を見ているからだと思う。私たちも、本多さんが差し出してくださった戦争の事実と、つきつけられた、どんな世界に生きたいのか、どんな未来を望むのか、その選択と今の時代を生きる人としての未来への責任を胸に、未来の希望へ向かって進んでいきたい。(K.M)